数年前から希望しておりました高麗茶碗の故郷探索を漸く実現することができました。成田から2時間半のフライトで金海国際空港に到着です。時差がありませんから楽ですね。緯度は日本の京都や静岡とほぼ同じ35度ですが、地形からは静岡の気候に近いようで、釜山は雪が降らないとお聞きいたしました。
短期滞在の旅ですから出発前に訪問地を厳選する必要があります。令和5年2月23日初版発行の「茶の湯の茶碗 第二巻 高麗茶碗」に記載された鎮海熊川頭洞里窯跡(井戸茶碗)、金海大甘里窯跡(金海)、梁山法基里窯跡(呉器・黄伊羅保・釘彫伊羅保)、機張屏山里窯跡(御本)を候補地として、頭洞里窯跡と法基里窯跡を目指すことにいたしました。もちろんホテルに近い草梁倭館跡地(釜山窯跡)にも行きましょう。
ところで高麗茶碗と文禄・慶長の役とは深い関係があるわけですから、倭城についても事前に少し勉強いたしました。釜山浦と熊川とは最初期より築城場所が決まっていた重要地点であったとのことですから、熊川城跡にも行きたくなりました。M.A.W.地図には候補地に考えました窯跡と幾つかの倭城との位置関係が記入してあります。
さて、空港から釜山金海軽電鉄・地下鉄2号線を利用してホテルに直行です。日本と同様にとても安全なことは空港を出て直ぐに感じました。初め少し戸惑いますが慣れるものですね。タッチパネルには日本語対応があります。ハングルは読み書き全くできません。それでも目的地には到着できます。若者は英語が通じますし、皆さんとても親切です。
それでは地下鉄1号線に乗って龍頭山公園(草梁倭館跡地)にある釜山タワーに行きましょう。長い長いエルカレーターに乗って高台の終点まで行き(写真)、そこから少し歩くと釜山タワーがあります。高さ120mにある展望台からの眺めは、人口330万の釜山の街を一望できます(写真)。高層ビルが林立する大都会なのですね。
エスカレーターを降りた広間に草梁倭館跡であることを示す案内板があります(写真)。釜山タワーへ行くまでに花時計、鐘楼、そして韓国では知らない人がいないという朝鮮王朝の水軍を率いた英雄 李舜臣の銅像があります(写真)。この銅像を見て初めて文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)の重さがズシンと心に響きました。
近くに釜山浦城があります。豊臣軍は朝鮮出兵時に先ず釜山を占拠し、毛利輝元・秀元により釜山浦本城(母城)と子城が築城されました。以降、ここには対馬経由で物資・兵員が輸送され続けました。輝元の茶の湯の師匠は千利休で、朝鮮から連行した朝鮮人陶工に萩焼を創設させました。
カラリと晴れた行楽日和の平日、井戸茶碗の破片が見つかったという熊川頭洞里古窯址を訪れました。釜山から高速道路を車で疾走し、トンネルを幾つか超えて、1時間以上走って郊外の田舎道に降りたちました。山道を少し登ると熊川陶釜址展示館に到着です(写真)。
瓦屋根や外壁の装い、エントランスのデザイン、隣に置かれた三島茶碗風モニュメントなどに設計者の趣向を感じます。早速中に入りますと他に見学者の姿はなく、貸し切りのような状況です。また入場料は無料で嬉しいですね。
展示室には発掘された陶磁器片のほか、展示館が購入したお茶碗、日本から贈答された陶磁器などが展示されています。井戸茶碗の破片が発見されたということでしたが、展示品の大部分は刷毛目風の破片でした(写真)。残念....。
解説パネルには「多くの盗掘被害を受け、遺跡が深刻に毀損された。これ以上の毀損を防止するために1997年から慶尚南道記念物に指定し保護している。2002年に正式に発掘調査を行い、遺跡の文化的価値を確認した。」とあります。
それでは裏の階段を登って頭洞里古窯址を見学しましょう。階段の途中から街の方向を眺めますと(写真)、窯跡は小高い丘の上にあることが理解できます。パネルには「6基の窯跡が確認され...公開した4号窯は床面の残存状態が良好(写真)...窯は急な自然斜面を利用して作られたオルム窯....基本的に番造室が一つに通じている丹実窯(単室窯)」などの説明がありました。
ところで、展示館には頭洞里古窯址を説明するアニメを見る部屋がありました。主な登場人物は頭洞里古窯址で作陶を行っていた人々、名護屋城で喜左衛門風井戸茶碗を手に武将に指図する秀吉、現代の韓国の子供達です。ハングルでの会話ですから言葉は分かりませんが、内容はよく理解できました。
熊川倭城への登り口の看板には日本語表記もありました(写真)。海抜184mの南山に築かれた鎮海湾口の中心的城郭で、秀吉から一番隊指揮官を指名された小西行長の城として知られています。さほど高くない山なので容易に上れると思っていましたが、海辺からの登山になりますから脚に自信のない方は事前準備を十分にされた方がよいと思います。
山道はよく整備されています(写真)。少し歩くと、後方から韓国の方が手にストックを持って素足で登ってこられました。他にも何組かとすれ違いましたが、素足の方が半数はおいででした。後でお聞きしますと健康によいからとのことです。年配の方は両手にストックを携えている方もいらっしゃいました。里山ウエルネスの場になっているのですね。
汗をかきかき上り詰めますと石垣が見えてきます(写真)。見晴らしのよい場所に立ちますと眼下に海が見渡せます(写真)。城郭に登って眺めると素晴らしい景色だったのでしょうね...。左手の海に突き出た岬辺りが安骨浦城のあった丘陵でしょう。熊川城跡に残っている石垣の学術的価値は大きいようですが、時間も限られており、そそくさと下山いたしました。正味1時間20分のヘルスツーリズムでした。
この山上には小西行長の弟らが住み、行長の娘婿の宗義智や配下の有馬晴信・大村喜前・五島純玄・松浦鎮信・天草久種・柄本親高ら九州の大名は南山の山麓に屋敷を構えて住んでいたようです。大村喜前は帰国に際し朝鮮人陶工を連れ帰り、後の波佐見焼や三彩焼の起源になっています。松浦鎮信も朝鮮人奴婢数百人を連行し、このなかに熊川陶工が含まれていて後の三川内焼の祖となっています。
安骨浦城は熊川倭城の対岸にあり、頭洞里古窯址に一番近い倭城です。水軍大将の九鬼嘉隆、加藤嘉明、脇坂安治らが築き、水軍の拠点城郭でした。他に立花宗茂、藤堂高虎、秋月種長らがおりました。九鬼嘉隆は茶道に造詣が深く、津田宗及の茶会にしばしば参加したり、自身が宗及を招いて幾度も茶会を催すなど数奇者でもあったようです。
加藤嘉明は秀吉の家臣で、松山城を築城した人であり、茶道にも深く通じておりました。立花宗茂は利休七哲の細川忠興からも一目置かれた数奇者でした。築城の名手である藤堂高虎は小堀遠州の正室の父(義父)で、古田織部と交遊があって生涯茶の湯を愛好し、小堀遠州誕生のキーマンの一人です。この安骨浦城の錚々たる陣容をみますと、このメンバーが高麗茶碗伝来に関連があったとみるのは当然でしょう。
頭洞里古窯址の北には金海竹島城があります。ここは鍋島直茂・勝茂父子の在番で、しばしば西方の馬山城(ちゃわん城)とともにセットで記載されているようです。金海竹島城には多数の兵が駐屯し、朝鮮の民衆が城下町を形成しておりました。鍋島勝茂は佐賀藩鍋島家初代藩主で、藩の支配下には有田・伊万里があり、藩直営の鍋島焼もありますね。
尚、地図には入れませんでしたが、泗川城の在番である島津義弘は、特に慶長の役で獅子奮迅の働きをして明・朝鮮軍に恐れられました。また茶の湯を好み、約80名の朝鮮人陶工を薩摩に連れ帰って薩摩焼の礎を築きました。
梁山法基里古窯址は普通の民家の裏手にあって、付近の住人にお聞きして何とか発見できました。山間にあるのかと思いましたが、平地に近い立地です。低い柵で囲まれた斜面には芝が植えられ、パネルには「史跡 日常生活に使われた白磁を作ったところ...品質のより良い器は日本への輸出用に特別に製作された茶碗と推定される」などの記載がありました(写真)。
柵内には多数の陶磁器片が散乱しております。また破片は柵の外にも投げ捨てられている状況でした。破片の多くは灰青色の磁器に見え、以前見たことのある呉器茶碗の器肌に似ているように思いました。釉薬をかける前に素焼きしたような破片もありました(写真)。開発途上の史跡のようで、今後徐々に整備されていくのでしょうか。
近い倭城は梁山城、機張城、林浪浦城です。梁山城は1597年の築城、林浪浦城は使用期間が約1年で、両城とも短命な倭城です。一方、機張城は1593年に黒田長政が築城し、水軍の基地であり陸上交通の要衝でもあります。加藤清正も一時在番しておりました。
加藤清正は幼少時より秀吉に仕え、後に熊本城の城主になります。「虎退治」が有名ですが、築城の名手で、熊本城、名護屋城、蔚山倭城、江戸城、名古屋城などの築城に関わりました。茶の湯を千利休と古田織部に学び、二番隊を率いた朝鮮出兵時には現地で茶会を開いています。熊本城主時代に古田織部の高弟の服部道巴を召し抱えて城内で茶の湯の稽古を奨励していますから、立派な茶人といえるでしょう。また朝鮮から連れ帰った陶工に窯を開かせて御用窯とし、今日の小代焼の礎を築きました。
三番隊を率いた黒田長政も築城の名手で、関ヶ原の戦いで戦功をあげ、家康から筑前国名島に52万3千石を与えられて福岡藩を立藩し初代藩主になります。福岡藩主になってからは博多人形・博多織・高取焼などの産業を奨励しました。黒田家は長政の父の官兵衛、嫡男の忠之と代々茶の湯を愛好し、長政は小堀遠州を後援し遠州は茶頭の速水頓斎を黒田家に送るなどの親交がありました。
この機張城の在番城主と法基里古窯址・機張屏山里窯跡との位置関係を知りますと、文禄慶長の役当時に窯場で展開されていた情景を思わずにはおれません。頭洞里古窯址展示館で拝見したアニメのようなエピソードもあったかもしれませんね。